かぐや様は告らせたい マンガ感想

かぐや様は告らせたいYJ第180話「先輩くんと後輩ちゃん③&井伊野ミコは愛せない⑤」感想〜井伊野ミコは〜

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みなさんこんにちは、みなとがわです。

前回は僕の知識不足の否めないカップリング回でした。
今回も僕の道の知識が展開していないか怯えながら本編です。

今回の登場人物

会長
あくまで中立の男。
私人と公人、双方の立場に葛藤中

藤原書紀
井伊野監査が心配なお年頃。
真言を聞くと退散する。

井伊野監査
真面目でルールを守り自分より勉強できる人間がタイプ
空の思想を求める系女子。

大仏さん
石つば派…?

白銀御行の苦悩

今回は前回のカップリング戦争に悩む会長からスタート
前回の通り彼のスタンスとしてはあくまでも中立を貫く姿勢のようです。

とはいえ、石つば派のかぐや様との兼ね合いや生徒会の雰囲気も心配で探りを入れようとするも
訪れたのは井伊野ミコの闇シリーズ写経編です。
いや、僕は良いと思いますよ写経も般若心経も。傾倒しすぎたり変な方向にいかなければ。

kaguya_179ー1
ダメな宗教のハマり方
(ヤングジャンプ2020年26号
65ページ1コマ目 赤坂アカ著
「かぐや様は告らせたいより」引用)

取り敢えず会長と井伊野監査は藤原書紀のリアクションで察して
自分の宗教観を見つめ直してください。

ギャグ展開と思いきやラストは切ない展開に
普段であれば会長に期待をしているのですが今回は不安です。
というのも、白銀御行はたくさんの悩み解決してきました。
しかし今回は今までの問題と質が違います。

なにせ惚れた腫れたの問題である以上、絶対的な正しさがないのです。
石上優には己の正しさとそれを知って見守る存在を
四宮かぐやには特別なロマンティックと普通のロマンティックを
早坂愛には友情のあり方を示してきました。

それに対して今回は石上優・井伊野ミコ・子安つばめ、全員の望みが叶うことはないのです。
恐らく今までのようにベストな答えだけでなく誰かがベターな答えを選ぶことになるでしょう。
更にいうと会長の考えの通り人の恋路に首を突っ込むこと自体相応のリスクがあるのです。

しかし縋ってきた井伊野ミコの手を振り払う男ではないでしょう。
月に手を伸ばした青年は正しさと恋に迷う少女に何を示せるのか

井伊野ミコの難題

そもそも石作皇子の難題、御仏の小鉢から考えると。
石作皇子はかぐや姫に嘘の小鉢を献上してそれがすぐにバレてしまいます。
しかし彼はそれを捨て置いてかぐや姫を口説いて軽蔑されてしまう。

これを今の現状に当てはめて考えてみたんですが、
まず、かぐや様の前の大仏さんが偽物というのは前回の発言
“大仏こばちは石つば派”くらいだと思うんですよね。

で、それを捨て置いて失敗してしまうことを考えると
やはり、大仏さんの考えにはまだ裏があってそれを読み取れずに行動して失敗する
みたいな流れではないかと僕は推測します。

あ、ちなみに僕は現状では石上会計は頑張っているので
つばめ先輩と上手くいってもいいのではと思っています。
なのでそういった先入観が多分に入っていると思うのでそれが前提の妄想です。

ですが現状この流れで考えると、つばめ先輩脈ありそうな雰囲気な現状
この状態に井伊野監査が突っ込んでもどうしようもないようにしか見えない状態。
なので大仏さんとしてはできるだけ彼女がフォローできるように準備として
現状の井伊野監査が自覚する頃には同時に諦めがつく状況を作り傷を少なくする
いわゆる撤退戦を視野に入れて行動をしていたのではないでしょうか?

そもそもとして今回冒頭でその答えは井伊野監査本人が口にしているのです。

kaguya_178ー3
井伊野ミコの“答え”
(ヤングジャンプ2020年26号
60ページ5コマ目 赤坂アカ著
「かぐや様は告らせたいより」引用)

最近は恋愛面が強く出ていまいたが彼女はそもそも正義の女なのです。
そんな彼女が横恋慕を許容できるものではないのかもしれません。

と、まぁここまでだと井伊野監査の勝利条件に救いがないので
同時に現状での別ルートを模索するとすれば
石上会計は他でもない井伊野監査に階段からの落下から救われた。
これが仮に石上中納言の失敗との分岐点とすれば
彼女にもそのようなルートが残されている可能性もないでしょうか?

こればかりは赤坂先生の考えや今後の展開次第だとは思いますが。
おじさんから言わせれば学生時代だけでなくいつでも選択と結果の連続なので
後悔のないように、もしくは結果を無駄にしないように大事に生きてほしいものです。

今回の気になった言葉

般若心経
お葬式とかの時によく聞くやつです。
日本で有名な三国志の玄奘三蔵法師が持ち帰ったとされる経典の一つです。

作中でも説明されていましたがお釈迦様が弟子に教えたお話が内容です。
雑に説明すると自分は5種類の概念によって構成されていて
1つ1つは自分でないが、自分は何かと問われればその要素としか言いようがない。

そんな曖昧な自分が抱く感情や考えも曖昧なものが故に存在しないとも同義
だからこそそこに気づけば自身の抱く悲しみや苦しみも幻想である。

という教えだと思っています。
僕はカトリック(仮)なのであまり詳しく説明できずすいません。
内容に語弊があればご指摘お願いします。

こういった内容の経典を写経していた井伊野監査ですが
彼女の逃れたい悲しみから脱することができるのか、
大仏さん含めての顛末を見届けられればと思います。

 

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